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「マジでイケてる製造業を目指すで」【寄稿:ミナログ-始末屋メーテル】

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なんのためにこの仕事を選んだのか。

食べていくためだけの仕事では何も生まれてこない。

本当に好きなこと(仕事)に情熱を燃やし技術を磨き、そしてこの国に何を残すことができるのか。

目の前の利益も大事だが、この業界で働く者なら将来に目を向けて業界全体のことも考えて行動して行かなければならないのではないか。

 

今回は、各地の製造業、主に町工場を飛び回り、熱き魂の記事を書かれているミナログライター
始末屋メーテルさんからご寄稿いただきました。

 

マジでイケてる製造業を目指すで

株式会社東大阪技研。

継ぐわけでもなんでもなく、リーマンショック後にゼロから1人で製造業を起業。
2011年8月で3期目。
・東大阪技研 会社HP:http://higalabo.jp/
・的場社長ブログ:http://higalabo.dgblog.dreamgate.gr.jp/

 

●追記(2011年6月14日)

 

記事を公開して2日。いろいろなところからいろいろな感想をいただく記事となり、ほんとうに心から感謝しております。ありがとうございます。

 

記事は、的場さんの「攻め」で「前向き」なところを、斜め前からきりとっています。

 

ほんとうは、まだまだ控えめで、迷いもあって、あったかくて、ちょっとドキドキしながら心配しいな、的場さんの素顔。

 

そこにあえて触れていません。申し訳ない、的場さん。

 

若く初々しい「強さ」を、いまだからこそ、ガッツリ残しておきたい。

 

もしも、「生意気」というイメージだけが残ってしまう読者さんがいらっしゃったら・・・

 

・・・それは、「ここを書かないで、いま、どうする?!」という、ライターであるわたし自身が挑戦したいことなのです。何卒お許しください。

 

いままさに、日本の若者に時代が求めていること、これからも求めるであろうこと。

 

迷いながらもそれを持った若者が現実にいることを、つたえないでどうする?

 

誇りに思わずにどうする?

 

このままの掲載をOKしてくれて、的場さん、ほんとうにありがとう。 

 

でも、なにかあったら、いつでも、なんでも、言ってきてね。

 

999で、待っているから...。(始末屋メーテル記)

 

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社長 的場一馬さん25歳(右)・工場長 高居堅治さん27歳(左)

 

サラリーマン、6社くらい経験。
若いから
(いまも若いKARA)
仕事が長つづきせんかった。

 

すぐちょっとのことががまんできん、思たら、やめてまう。
でも、共通してたんは、「削る」仕事だったってこと。
鉄やら樹脂やらあらゆる材料を、
「削って」
航空部品やら生活家電の試作品やらあらゆる製品に。

 

それがよかったんかなあ。

 

リーマンショックの直後に起業。
2代目でもなく、なんにもない、製造業で、自分で、起業。

 

起業前に全国行脚していろいろなひとから話をきく。
ミナロのみどりかわさんからも一言。
「おまえ、バカだわ」
「今がどんな時期か、ユー、わかってんの?ボーイ?」的な(笑)。

 

(神戸から1時間半かけて通勤ちうの工場長とは、サラリーマン時代の見本市や展示会で顔をあわせるうち、意気投合。2期目スタートの頃から2人体制に。)

 

2人の分担?んー・・・やれることを2人でやってるだけ。
ルールもなにも決めんと(笑)。

 

いままでの日本の製造業で、足をひっぱってしまってるんは、
「人をおさえつけること」やないかと思う。

 

それは、こうやって金を稼げ、こうやって仕事せい、というやり方をそのまま
通して待ってれば富がもたらされてた時代の話。
それはもう、いま、ちがうやろ。

 

起業して、自分が甘かったこと。
「お金」のこと。

 

もう、ほんと、「お金」のことを、甘く考えてた。
努力していれば、勝手にもうかっていく、と思ってた。
ちょうど、時代が、それを許さなくなってたのに。

 

だから、失敗はすごい、してます。

 

でも、その失敗をパワーにしたらええ。
失ったものの3倍得るもんがあれば、大きい。

 

モノづくりって、時間もお金もすごくかかる。
たとえ失敗してもそこにかけた「考える時間」と「お金」は、失って
でも、得るもんがある。

 

工場長「考え方次第やと思う。失敗のなかに、なにかを見出そうという
意識があるか、ないかや、と」

 

(どうしてそんなふうにパワーでる?取材中、一瞬たりともわたしから目をそらさない的場さん。こんな取材相手は、正直、はじめてだ。フツウ、目をそらす。)

 

モノづくりが好きで、この仕事で生きていきたいから。
もう、モノをつくって、ごはんも食べられるっていう。

ごはんが食べたいからモノをつくってるんじゃないんで。

 

プラスチックのぺらっぺらの仮面を買ってきて、図面のないところからこんなんも
マシニングセンタで切削加工でできまっせ、ウチ・・・
って持ち歩く営業ツールにつくってみたり。
製品はお客様のものなんで、見せられないんでね。

 

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営業ツールぢゃい!

 

うーん。ただね、これ見て、「こういう仕事ばっかなの」と見えちゃってふつうの
かんたんな仕事がこなかったり(笑)。
ややこしいのばっかり、きてまう(笑)。
ほんまやったら、かんたんなのもしたいのに(笑)。

 

(ここ、書くのやめよっか。と言ったら)

 

書いてください、こここそ!(笑)

 

工場長「かんたんなモノを、やすく、はやくつくる、これも難しいんすよ」

 

(かんたんなモノをやすくはやく、これ中国など海外と同じ土俵になってしまうのでは・・?)

 

いや、時間やお金の、なにかを捨ててまで同じ土俵にのることはしてない。
やすくはやくつくって、そんなおおきくはないけど、利益もある状態。

 

なぜそのバランスがとれるか?

 

失うことを、人より怖く思てないから。
ちょっとの工夫で、考えて、失敗を恐れずやってみる。

そうすればできる。

 

逆に、リーマンショック前まで、どんだけみんなもうけてたん?
て思う。
いまが適正とちゃうか・・・て。

 

頭しぼって、考えたら、できる。
失敗したときは、もちろん人間やから、泣きそうになるくらい、つらい。
でもそれがすべて、ムダになってない。
瞬間苦しくても、あきらめずやっとったら、失敗したときに考えたこと、
買っちゃった工具や機械が、あとで、必ず、生きてくる。

 

(具体例をひとつ、頼む。ここ読んでただの精神論かい、と思う人いたらむかつくから、わたしが。)

 

今年の2月ころのこと。
安い仕事を、ムチャしてうけてた。3~4日、家にも帰らないで仕事。
頭じゃなく体をつかって、まさに中国など海外と同じ土俵のやり方をつづけてた。
ムチャですわ。
ウトウトして仕事つづけてて・・・

 

機械こわした。

 

その瞬間、その機械でやるはずやった納期の厳しいすべての仕事ができなくなった。夜中に、お客さんに電話して、事情話して謝った。断った。
「機械直るまで待つわ」と言ってくれたお客さんもいた。

 

詰めてた仕事、なくなった。
それで時間ができた。
考える時間が。

 

苦しかった。
1ヶ月葛藤した。

 

人が仕事をするのでなく、機械に仕事を任そう。
そして、体が楽になった分、俺ら、考えればいい。

 

あのときのお客さんにはほんとうに迷惑をかけてしまったけれど、
機械を壊してなかったら、
この考え方にはたどりつけなかったと思う。

 

そのときつくったのが、「タカイ1号」。それと、買った工具が、いまや、大活躍。

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タカイ1号と買った工具

 

ブログはね、気分。(決してご自身の中で、無理はせず、自然体で、という意味で)

 

ツイッターとか?やり方いまひとつわからないんで、まだ放置。
つながりが増えそうでいいなと思うけど、ツールのひとつだと思っていて。
つながりはあせることない、ゆったり増えていけば、と。
人に感化されすぎると、それもつらくなるかと。

生きるって、やぱ、つらいこと多い。
だったら、人に感化されすぎることなく、自分の信念で生きていきたい。

 

信念。
モノをつくりたい。

 

自分達だけが富・利益もつためじゃなくって、次の世代にわたせるモノづくりができなければやる意味がない。

 

工場長「そんなしんどそうなこと、はたからみてて、『俺もやりたい』て子供が思うかぁぁ?、て見えててはいかん。モノづくりの職人見て、『カッコええ』てあこがれられるようにならんと」

 

よく、若者の製造業ばなれ、とか言われるけど、
製造業だけじゃない。
働くこと自体から、仕事自体からはなれてるんとちがうか。

 

いま、変わらんと。

 

俺らみたいな、0から1人で起業した町工場、護るもんなんてひとつもない。
進んでいくしかない。
やってみないとわからんでしょ?

 

(バカだわ、と言われて起業して8月で3期目。誇りだ。)

いまあの頃の俺に会ったら、俺も、バカって言う。やめとけや。て(笑)
工場長「でも、聞かへんやろ(笑)」

 

そして、同じ東大阪の株式会社アオキをはじめて見学。
工場見学では、子供のようにはしゃぐ2人。
「アオキさんでも、ウチと同じここの機械つかっとるんや~」
(カワユス)
「この機械苦手やわ~」
(コドモかっ)

 

同社の取材されたTV番組のビデオ30分視聴後、念願の青木社長ご本人からお話を伺う。

 

ビデオとその日の生青木社長より・・・
「かわらんと」
「やってみないとわからん」
「失敗をおそれて自分の手でさわれない人が多い、さわってみ」
「やったことは、必ず、プラスになる」「誇りをもて」
「下の世代にわたさんと」
「しんどいときこそチャレンジ」
「成功例を若者に見せるで」
「日本の中小企業をバカにしたらあかんで」

 

(取材内容とあまりにかぶってて鳥肌がたったね、的場さん。つながりはゆったりって言ってたけど、彼の一声で東大阪だけでなく、四日市や八尾などから続々製造業メンバーがあつまったその夜の懇親会。幹事で汗かく彼から、最後にもらった、一言。)

 

「はい。もう。青木さんのお話、めっちゃかぶってて・・・
・・・・・・ちょっと、おセンチになっちゃいました、俺」

 

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おセンチにもなるで・・・

 

(文・撮影:始末屋メーテル)

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